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【篠田麻里子 人生すべて語る-#1】話題のドラマ/AKB時代の苦悩/知られざる幼少期【聞き手 カンニング竹山】



【篠田麻里子 人生すべて語る-#1】話題のドラマ/AKB時代の苦悩/知られざる幼少期【聞き手 カンニング竹山】

小学校の時に宝塚を見て30種類以上の 習い事いじめがあってこう有名になって 挽回してやりたいみたい なさあ始まりましたヒューマンチャンネル ヒューマンライフえ様々なジャンルで活躍 するプロフェッショナルなヒューマンの 人生を伺っていくという番組でございます さあそして第1回ゲストなんですけどもえ 僕とですね一緒に番組のMCをしたりです ねえ出身地が同じ福岡県ということで同 だったりして何かと縁のありますこちらの 方田まり子さんですよろしくお願いします よろしくお願いします第1回のゲストと いうことではい出演するドラマがですね もう今巷で何かと話題になってるはい篠田 さんなんですけどもそのドラマのことも ですねえ詳しく後半では聞いていきたいと 思うんですけどもその生まれてから篠田 真子という人間がどういう風に出来上がっ ていったのかっていうの意外とね知らない こと多いんですよどうでしょうね竹山さん とずっと番組やってるけどお互いあんまり そんな知らないですよねうんそうなんです よどういう幼少期を過ごしたかとか福岡の 時代どうだったかとかあまあとはAKBな んで入ったのかとかそうですねそうそう いうことも僕全く正直知りませんしそう いうことをですね今回この番組では じっくりえ伺っていきたいと思いますさあ それでは参りましょうヒューマン ライフ ヒューマンさあこのヒューマンライフと いう番組ではですねえご自身の人生グラフ というものをゲストの方に作っていただい ておりますそれを元に話を進めていこうと 思っております私この番組のお話が来る前 の1ヶ月前に自分で人生のボグラフ書いて たんですよなんですごくないですかなんか ふとあれ0歳から今までってどんな人生 だったんだっけて思ってでもう棒にして もう0歳から何が起きたかをずっと書いて たはいはいへえ振り返ってみてどうだった なんとなくまそれ後に聞いていきますけど はい自分でプライベートでもゴグラフ書い た時に何を思いましたうんいやすっごい 波乱万丈だなっていうかなんかすごく本当 にちゃんと人生っていろんな波があるんだ なって思いましたああそうだよねここんな ところはちゃんと持ち直すしう面白いな 人生でてこない思ったんですだから持ち前 の運の強さみたいのもきっとあるのよある すごいあります多分そういう流れとかあと 流れを読む力ももちろん必要だしうんうん そういうのをちょっと聞いていきたいとは 思うんですけどもはいさあじゃあまず

こちらの質問から聞いていきましょうかね まずはその人生が変わった瞬間うん3つ ぐらい大まかにあるんですけどうんうん まずはやっぱり永日に入った時ああまそう そうだよねはいこれは結構大きな人生の 変化かなって思いますそれまでは芸能活動 っていうのはしてなかったのなんかほら 同じメンバーでも昔子役でしたとかそれか 何ほらなんかちょっと高校時代とかも ちょっと出てましたとかうんうんうんうん 私の場合はもう福岡から出てきて初めての オーディションが AKBなんで福岡でなんでその情報があっ てそのオーディションを受けようと思った のオーディション雑誌にそれが秋本さんと さんがプロデュースするグープうんって いう報告が出ててちょうど19なる前に 自分の人生これでいいのかなって悩んだ 時期がすごいあったんですよほうで何か 変えたいと思ってとりあえず別に落ちても 何でもいいから何かオーディションを受け て見ようとその最終的な目標はあったの ないんです最終的な目標はなんかただ有名 になりたい東京に関してはどう考えてた やっぱ福岡に住んでると東京って遠いじゃ ないうんうん遠いしうちのは糸島なんで 効果までも遠いですようんそうねちょっと あるよねはい知り合いはいなかった 知り合いは1人だけいましたね東京で仕事 してる友達が友達言っても先輩ですけど うんうんうんでもちょっと見の地というか 道の世界という道の世界だしこれテレビ テレビっていうかあの放送で言っていのか わかんないんですけどなんか時計してると 腕こと切られて持っていくって言われた ことがあっ て田舎住んでるとね本当に田舎住んでると 田舎の人たうん親世代とかは本当に東京 って街は犯罪者集団がいっぱいいるみたい なで特に女の子なんか1人暮らしすると もうそれは危ないと何が起こるかわかん なっていう行かせたくないからてもきっと あると思うんだけどうんうんそうですよね なんか腕こと切られて持ってくって言われ てたから絶対時計はしないしずっとこう やって歩いてましたよねじゃあそれででも そういうのを乗り越えてというか19歳の 時にうんじゃあそれでオーディションを 受けてまそれで本当に人生そこでガラっと 変わるもんねうんそうですねそれきっかけ に出ようと思ったことがまず自分の人生の きっかけだったかなとは思いじゃあ ちょっとこっから幼少からはいちょっと 聞いてみましょうかえ0歳ね男の子が 生まれると聞いていたみたいでしたが

女の子が生まれてきたことで家族はすごく 驚いて兄弟は兄弟は兄と私で妹がいるん ですけどおじゃ女の子生まれてラッキー だったじゃ上に兄ちゃんがいるからそう お兄ちゃんがいてでますごい不妊で全然 できなくてや望の兄が生まれ子供ができた わけだお父さんとお母さんはいでその年子 で私が生まれてるんですけど年子で生まれ た年子なんですよでお腹入る時になんか その通りすがりのおばさんに男の子だねっ て言われたらしくてお母さんがでその昔 ってその今で言うそのエコーてそんなに 見れないから男女ってあんまり分から なかったらしいんですけどずっと男の子が 生まれると思ったらしいんですはあはで 生まれた時に女の子だったからすごい喜ん だていうあ生まれてからしかわかんない わかんなかったみたいですよはじゃあ すごい可愛がられたんだすっごい可愛がら れました待望の女の子みたいなはいもう0 歳から5歳とかもうこの辺はもういい子 いい子であもうそうですね可愛がられて 待望のずっと可がられてはいま厳しくもさ れたはされたと思うんですけどいろんな ところに行った思い出しかない父が海上 保安長でま後悔すると結構長いんですよほ その間はずっとこうお母さん中心の勝なる なんですけどもうお父さんと家族でみんな で旅行した思い出しかないんですで お父さん帰ってきた時はもう家族連れて 必ずどっかに行くみたいなそうだから週末 なのか多分月でも1回か2回だと思うん ですけどどっか行ったりとかびに出てって もらった思い出しかないからやっぱりその 時間よりも本当に凝縮した思い出って大事 なんだなってやっぱり思ってるしやっぱ チチがすごく家族を大事にしてくれてたの でそこはすごくなんだろうな愛されてるな っていう実感もすごくあるうんうんどんな 性格だったこの0歳から5歳に10歳 ぐらいもなるもうん私ですかうんえ結構で も字が強いというかわがまま1回決め たらなんか絶対曲げない人間だったんです よだから習い事もうちの場合はなんか プレゼンしてそれが勝ち取れたら絶対 習い事させてもらえるんです子供がするの はいプレゼンします例えば何プレゼンソロ 番をやりたかったらなぜソバをやりたいの かっていうのを親にプレゼンするんです ほう将来こういう風になりたいビジョンが あってそのためにはこのソ番が必要だとだ から私はこういう風なあの今これをしない とここには到達できないからこれやらせて くれみたいへえことをやってあの結構もう 30種類以上のことやことじゃプレゼ

うまい な覚えてるだけで何やったその番 バイオリンもやってバイオリンやってたの はいやったけど3日でやめましたよ難しい から難しくてやめたんですけどやるまでは ビジョンを描くんですよこういう風になり たいってのは思うからプレゼンはするん ですけど買ったのかより買う手前でやめ られて良かったっ割り高いからねそうそう そうでピアノもやってピアノは買っちゃっ たんですけどうん買ったピアノ続いた1年 だけ1年か1年うんピアノとあとくもとか ねあとメバエとかのその用事教室みたいな ところそれもプレゼンしたのそうそれは ちっちゃい時なんでプレゼンじゃなかった ですけど親ですけどあとは新体操とかはい バレーとかうん剣道もやりましたし水泳も やったしそれ今言ったスポーツ系とか全部 自分発信自分発信ですやっぱなんか興味が あることがふって見つかるともうやらずに は進まないというかうんそうそう見るだけ じゃ済まない感じの性格あの物もそうです ね携帯とかが流行った時期とかももう携帯 欲しさにどうプレゼンするかみたいなそこ でなんかぱ培われたものはあるのかね 小さい頃にだから自分でうんうん親にこう プレゼンして奪奪いとるというかこの夢を 叶えてもらうっていうのも親発信じゃなく て自分発信じゃないだから何かこう自分で 動いてやっていくみたいなのがあるのかね なんか基本的にやっぱ自立っていうの すごくテーマに大年生ってあの家族もうち 親が転勤の時にうん普通親ってついてくる のが当たり前だと思うじゃないですかじゃ なくて私兄と妹あ兄と私ですねになんか 転勤でこっちに行くんだけど2人はどう するって聞かれるんですよ いやついていきたいですよねでもその学校 もあるし自分たちはどういう将来を持って どういう風になりたいかによって別に量に 入るでもいいしおばあちゃん家に行くでも いいし自分の人生だから自分で決めなさ いって言われるわけですようんうんへえ それはなんか今思うとすごくありがたい なって思っててやっぱ自分の人生を自分の 責任を持って自分で生きるってことが大事 だてことをもうちっちゃいとからそれを なんか身についてるからうんうんま相談は もちろんしますけどうん程度自分で決めて 自分で動けるっていう力はついたなって 思うんですよ今自分の子供に同じこと 言えるでもそれがやっぱりそれすごいなと 思うのがやっぱりどっかで猫可愛がりって か過保護になっちゃう部分もあるじゃない ですかそこをあえて多分突き放すじゃない

けど愛情を持ってちゃんと一個人人間とし てちゃんと接してくれたんだなっていうの がすごいわかるんで自分ができるかって 言われたらしなきゃいけないなとは思い ますけどうんやっぱ親の教育みたいのが その人間形成においてうん多分 めちゃくちゃ大切なのかもしんないねうん それが結局大人になってもちゃんと響い てると自分のことは自分でやるみたいな 性格じゃうんうんうんうんうんそういうの にこうめえてくんだろうねっとあんま同級 生でも周りそんな人いなかったうーん結構 お母さんが選んでくれた洋服とかなんか そういう逆に羨ましいなと思った時があっ てうんお母さんに洋服選んでもらったこと がなかったんですよ学生の時もはい自分が 期たいものも自分でなんかその選んで来た 方がいいよっていう風に親言ってたんで 自分でチョイスしたものを自分で着 るっていう感覚だったんですようんうんだ からなんかお母さんが買ってきてすごい いいなこのセンスみたいなのがすごいあっ ておしゃれな友達とかお母さんの選手素敵 だなって思ってたんでなんかそういうのが 憧れた時期はあったけど今思えばなんか その1つ1つの選択をこっちに委ねてくれ たことに感謝だなうんと思いますねなんか 物を与えられたっていうよりば経験は与え てもらえたって感じですかねなんか いろんなところに連れててもらったりとか 見たいものとか習い事とかはやらせて もらいましたけどその物を与えてもらっ たっていう感覚はないですでもやか大変だ ねそれって言っても娘があれやりたいこれ やりたいつって一応全部やらせるけどもう どうせすぐやめちゃうわけでしょまそう です1番お金なかった言わ者だけあれて またやめちゃったみたいなめちゃくちゃ 怒られたらしないのそれ分かったってあ 怒られはしないですけどやめるもやっぱ 理由は聞かれますねああなぜやめたいんだ うんで納得したらはい仕事もそうじゃない ですか初めて見るけどやっぱ違うこととか 自分のやたいことが見えてきたらなんか そこになんか起動修正できるっていうか うんうんうんそのためにはこういう理由が あってっていう話をするとやっぱ分かって くれるんでうんそれはありがたかったな いい幼少期だねやっぱ親がいいね親が いいって俺がいいと失礼だけどああ ありがたいですねね意外とそれイメージ ないねそういう家庭で育ったと思って なかったからああそうなんですかどううん 俺は勝手に思ったのは糸島の超貧乏な娘な ん

だろ思ってたようんでもそんなにま裕福か でも裕福な裕福っていうほど裕福ではない ですけど何になりたかった将来小学生の時 って将来の夢何だったのただ有名な痛だけ ですあそっから芸能思考はあったの多分 あったと思いますね小学校の時に宝塚を見 てうんはあの宝塚にりたいと思ったんです 向いてるよね向いてますか男役っぽいもん ね背も高いし嬉そうそれであのバレーを 習いたいいっていう風にプレゼンしては 宝塚に入るためにはこのきが基礎が大事だ たっていう風なバレーが1番習い事で続き ましたなんでその意破れたのその意は続け な続かなそもそも倍率の大変さとま そもそもバレーの中でこのトップクラスの この辺でそこからの受験みたいなうんうん さんのイだったんでうんああ無理だなだ 中学卒業する時はその夢はなかったって こと宝ずが行きたいっていうのはそんな なかったもうやっぱりも小さい頃から バレイやってる人たもそうだしうんうん ちょっと破れましたねそれはうんうん違う かなと思ってうんその時どのようなそっ から自分の人生こう行きたいみたいな思っ てた宝塚行きたいっていうのあったけど なかなかほら色々学ぶうちにはちょっと 無理だなって分かったりもするわけじゃ ないうんだから10代の頃ってどんな感じ の人生描いたでも有名になりたいずと思っ てたでしょ何か有名なりたいとは思って ましたねただなんかそのいじめられること も結構あって転勤とかもあったんで天金属 って言うんですかね天入生とかって ちょっといじめられたりするじゃないです か天康生でねうんはいだ岡から悪に移動し た時に結構そこが結構いじめがあってその 時が結構有名になって挽回してやりたい みたいなうん気持ちがふつふつと出てきる どうした熊本行って小学生のよくある いじめでしょうん そういう時ずっと我慢したそれかやり返し たちっちゃいいじめなんですようんなんか すっごいこれっていうものはなくてなんか ゴムパン飛ばされてなんかついたとかそう いうレベルのなんか日常にチクチク来る やつみたいなそこはその学校は1未満でも 転校しましたねうんうんとことは全体的に やっぱモテてた小学生の頃いやモテてない ですね全然はい告白とかされなかったうん 告白はされてないです高校生までは中学生 でされてないされてないです高校になっ たらちょっと持てた高校になってちょっと 持てましたで同じ学校同じ 学校高校の野球部がなんか好きな子叫ぶっ ていうなんかあったんですよそれで叫ば

れるのがあの女子の楽しみみたいなあの シングルになって初めてのドラマうんの時 はやっぱり結構苦しかったんですよまでも 見事に自分の人を変えた [音楽] ね

▼篠田麻里子が人生すべてを語る▼
知られざる幼少期、AKB時代の挫折と苦悩、話題のドラマ秘話、結婚、出産、子育て、これからの篠田麻里子。

<出演>
聞き手:カンニング竹山
ゲスト:篠田麻里子

<目次>
00:00 ダイジェスト
01:23 オープニング
02:48 人生が変わった瞬間
05:05 知られざる幼少期
12:45 小学生の時の夢
13:55 イジメを経験した10代
15:09 次回予告

▼関連動画はこちら
第2弾 https://youtu.be/wIjuj-zfCJ4

第3弾 https://youtu.be/sx1eQAxu4Qk

第4弾 https://youtu.be/26SBu0O_j3c

▼チャンネル登録はこちら
http://www.youtube.com/@Human.Video.Channel

#篠田麻里子
#カンニング竹山
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10 Comments

  1. 何年前に撮ったの?って思うくらいなかったことのように進んでて違和感…

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