【朗読】『難船小僧』夢野久作 – 乗ったら最後どんな船でも沈める、その名はSOS BOY! オーディオブック【字幕】
sos boy
夢野久作
船長の横顔をジッと見ていると
だんだん人間らしい感じがなく
なって来るんだ
骸骨を渋紙で貼り固めてワニス
で塗上げたような黒いガッチリ
した凸額の下に硝子球じみたギョ
ロギョロする眼玉が二つコビリ
付いている
マドロス煙管をギュウと引啣えた
横一文字の口が旧式軍艦の衝角
みたいな巨大な顎と一所に鋼鉄の
噛締機そっくりの頑固な根性を
露出している
それが船橋の欄干に両肱を凭た
せて青い青い秋空の下に横たわる
陸地の方を凝視めているのだ
そのギロリと固定した視線の一直線
上に巨大な百貨店らしい建物の
赤い旗がフラフラ動いている
その周囲に上海の市街が展開している
上をフウワリと白い雲が並んで
行く
といったような無事平穏な朝だった
がね
昭和二年頃の十月の末だったっけ
が
。
足音高く船橋に登って行った俺は
その船長の背後でワザと足音高く
立停まった
おはよう
と声をかけたが渋紙面は見向き
もしない
何しろ船長仲間でも指折の変人
だからね
何か一心に考えていたらしい
俺は右手に提げた黄色い四角い
紙包を船長の鼻の先にブラ下げ
てキリキリと回転さした
御註文の西蔵紅茶です
やッと探し出したんです
船長はやっと吃驚したらしく首を
縮めた
無言のまま六尺豊かの長身をニュー
とこっちへ向けて紅茶を受取った
ウウ
機関長か
アリガト
とプッスリ云った
コンナ時にニンガリともしない
のがこの渋紙船長の特徴なんだ
取付きの悪い事なら日本一だろう
こんな男には何でも構わない
殴られたらなぐり返す覚悟でポンポン
云ってしまった方が早わかりするもの
だ
「
昨夜陸上で妙な話を聞いて来たん
ですがね
今度お雇いになったあの伊那一郎
って小僧ですね
あの小僧は有名な難船小僧っていう
曰く附きの代物だって皆云って
ますぜ
俺はそう云いさしてチョックラ
船長の顔色を窺ってみたが何の反応
も無い
相も変らず茶色の謎語像みたい
にプッスリしている
無愛相の標本だ
あの小僧が乗組んだ船はキット
沈むんだそうです
iinaって聞くと毛唐の高級船員なんか
慄え上るんだそうです
乗ったら最後どんな船でも沈める
ってんでね
だから今度はこのアラスカ丸が
危えってんで大変な評判ですがね
陸上の方では
これだけ云っても船長の渋紙面
は依然として渋紙面である
ネービーカットの煙をプウと吹いた
切り軍艦みたいな顎を固定してしまった
しかし黒い硝子球は依然として
俺の眼と鼻の間をギョロリと凝
視している
モット俺の話を聞きたがっている
らしいんだ
あの小僧は小ちゃくて容姿が美
いので毛唐の変態好色連中が非常
に好くんだそうです
あの小僧も亦毛唐の高級に抱かれる
とステキに金が儲かるんで船に
ばっかり乗りたがるんだそうですが
不思議な事にあの小僧が乗った
船で沈まない船は一艘も無いん
だそうです
初めてあの小僧を欧州航路に雇
傭した郵船のバイカル丸がジブラルタル
で独逸のu何号かに魚雷を喰わされた
話は誰でも知っているでしょう
そん時に漂流端舟に這い上って
ハンカチを振ったのが彼小僧の
sosの振出しだそうですがね
それから第二丹洋丸がスコタラ
沖でエムデンにアッパーカット
を喰わされた時もあの小僧は丁
度新式救命機の着込み方のモデル
にされていたところだったそう
でそのまんま飛込んで助かっち
まったんだそうです
まあ運の良い奴といえばいえま
しょうが彼小僧の運が良いたん
びに船全体の運命がメチャメチャ
になるんだから敵いません
まだ他にも二三艘大きな船を沈
めているんだそうですがそんなに
大きな船でなくともチョット乗
った木葉船でも間違いなく沈める
ってんで迚も凄がられているんです
早い話が房州通いの白鷺丸にチョイ
と乗組んだと思うと直ぐに横須賀
の水雷艇と衝突させる
毛唐の重役の随伴をしてブライト
スター石油社の超速自働艇に乗る
と羽田沖で筋斗返りを打たせる
といった調子でどこへ行っても
泣きの涙の三りんぼう扱いにされている
うちに運よく神戸でエムプレス
チャイナ号のaクラスボーイに紛
れ込んで知らん顔をして上海まで
来た
そいつをどこかで伊那の顔を見
識っていた毛唐の一等船客が発見
してあの小僧と一所なら船を降りる
と云って騒ぎ出した
そこで今度は事務長が面喰って
早速小僧を逐出しにかかったが
小僧がなかなか降りようとしない
食堂の柱へ噛り付いて泣き叫ぶ
奴を下級船員が寄ってたかって
拳銃や鉄棒を突付けてヘトヘト
になるまで小突きまわして泥棒
猫でも逐い出すようにして桟橋
へたたき出してしまった
そこで小僧はエムプレスチャイナ
の給仕服のまま生命辛々の手提
籠一個を抱えて税関の石垣の上で
ワイワイ泣いているのをチャイナ
号の向い合わせに繋留っていた
アラスカ丸の船長
貴下が発見て拾い上げた
チャイナ号へ面当みたいに小僧
の頭を撫でて慰め慰め拾い上げて
行った
という話なんです
現在陸上では酒場でも税関でも
海員の奴等が寄ると触るとその
噂ばっかりで持切ってますぜ
アラスカ丸の船長はそんな曰く
因縁故事来歴附の小僧だって事
を知って拾ったんだか
どうだかってんでね
非道い奴はアラスカ丸が日本に
着くまでに沈むか沈まないかって
賭をしている奴なんか居るんです
ぜ
俺は元来デリケートに出来た人間
じゃない
君等みたいな高等常識を持った
記者諸君に海上の迷信
なんて鹿爪らしい学者振った話
なんか出来る柄じゃむろんないん
だ
尤も若いうちは不良の文学青年
でバイロンの海の詩
なんかを女学生に暗誦して聞かせ
たりなんかして得意になっていた
もんだがね
しかしそれから後永年荒っぽい
海上生活を続けて来たお蔭で性
根が丸で変ってしまった
身体こそこんなに貧弱な野郎だが
兇状持揃いの機関室でも相当押
え付けるだけの腕ッ節と度胸だけは
口幅ったいが持っているつもり
だ
現に船員連中から地獄の親方と呼ば
れている位だ
けどもその俺がこの渋紙船長の
前に出ると出るたんびに妙に顔
負けしてしまう
いつもこうしてペラペラと安っぽ
く喋舌らせられるから妙なんだ
しかも忠告する気で云っている
話がツイお伽話か何ぞのように
フワフワと浮付いてしまう
圧しの利かない事夥しい
何も御幣を担ぐんじゃありません
がね
そんな篦棒な話が在るかって反対
もしてみたんですがね
今まであの小僧が乗った船が一
艘残らず沈んだのが事実だったら
今度沈むのも事実に違いない
乗組員全体の生命にも拘わる話
だ
何もあの小僧が居なけあ船が出
ねえって理窟もあるめえし
お前んとこの船長がいくら変者
だってそんな無鉄砲な酔狂をして
乗組員を腐らせるような馬鹿でも
あんめえ
あの小僧の曰く因縁故事来歴を
知らねえから平気で雇ったに違
えねえんだ
悪い事あ云わねえから早く船長
に話してあの小僧を降してもらい
な
多人数の云う事あ聴いとくもん
だ
あとで必定後悔するもんだから
てな事を皆して色々云うもんです
からね
ハハハ
船長の表情は依然として動かない
渋紙色の仮面が頭の上の青空に
凍り付いたように動かない
無表情もここまで来ると少々精神
異状者じみて来る
俺は思い切りブツカルように云
った
今の中に降しちゃったらどうです
船長の左の眼の下にピクピクと
皺が寄った
同時に片目を半分ほど細くして
唇の片隅を上の方へ歪めた
これがこの船長の笑い顔なんだ
が知らない人間が見たらとても
笑い顔とは思えない
単なる渋紙の痙攣としか見えない
だろう
郵船名物のsosboyだろう
と船長が嗄れた声でプッスリと
云った
同時に眉の間と頬ペタの頸筋近
くに新しい皴が二三本ギューと
寄った
冷笑しているのだ
エヘッ知ってるんですか
貴方も
ムフムフ
と船長が笑いかけて煙草に噎せた
船橋から高らかに唾液を吐いた
ムフムフ知らんじゃったがね
皆そう云うとる
皆って誰がですか
どんな連中が
船中で云うとるらしい
水夫の兼の野郎が代表で談判に
来た
ツイ今じゃった
ヘエエ
何と云って
下さなければあの小僧をたたき
殺すが宜えかチウてな
胸の処の生首の刺青をまくって
見せよった
ムフムフ
ヘエ
それで
下さないんですか
船長が片目を静かに閉じたり開いた
りした
それからネービーカットの煙を
私の顔の真正面に吹き付けた
「
迷信だよ
それあそうでしょうけどね
迷信は迷信でしょうけどね
ムフムフ
ナンセン小僧をノンセンス小僧
に切り変えるんだ
迷信が勝つか
俺達の動かす器械が勝つかだ
つまり一種の実験ですね
「
ムフムフ
ノンセンスの実験だよ
「
…」
二人の間に鉄壁のような沈黙が
続いた
船長は平気でコバルト色の煙を
プカプカやり出した
俺はどうしたらこの船長を説き
伏せる事が出来るかと考え続けた
君はいつからこの船に乗ったっけ
なあ
と船長が突然に妙な事を云い出した
一昨年の今頃でしたっけなあ
乗る時に機械は検査したろうな
しましたよ
推進機の切端まで鉄槌でぶん殴
ってみましたよ
それがどうかしたんですか
ムフムフ
その時に機械の間に迷信とか超
科学の力とか幽霊とか妖怪とか
理外の理とかいうものが挟まったり
引っかかったりしているのを発見
したかね
君が検査した時に
それあ
そんな事はありません
この船の機械は全部近代科学の
理論一点張りで出来て動いてい
るんですがね
現在でもそうかね
「
…」
そんなら
宜えじゃろ
中学生にでもわかる話じゃろ
あのsos小僧が颱風や竜巻や暗礁
をこの船の前途に招寄せる魔力
を持っちょる事が合理的に証明
出来るチウならタッタ今でもあの
小僧を降す
「
…」
元来物理化学で固まった地球の
表面を物理化学で固めた船で走
るんじゃろ
それが信じられん奴は
君や僕が運用する数理計算が当て
にならんナンテいう奴は最初から
船に乗らんが宜え
俺はギューと参ってしまった
一言ない
面目ない
と思って残念ながら頭を下げた
ムフムフ
シッカリし給え
オイオイ伊那一郎
sos
ハハハ
ここだここだ
上っち来い
船長を探すらしく巨大なバナナ
を抱えて船長室を駈出して行く
青服の少年を船長は手招きして
呼び上げた
俺が買って来た西蔵紅茶の箱を
鼻の先に突付けて命令した
これを船長室へ持って行て蒸留水
で入れちくれい
地獄の親方と一所に飲むけにナ
captain
と真鍮札を打った扉を開くと強烈
な酸類アルカリ類オゾンアルコ
オルの異臭がムラムラと顔を撲
つ
その中に厚硝子張樫材の固定薬品
棚書類ビーカーレトルト精巧な
金工器具銅板鉛板亜鉛板各種の
針金酸水素瓦斯筒電気鎔接機天秤
バロメータなんぞが歯医者か理髪店
の片隅みたいにゴチャゴチャと
重なり合っている
というのがこのアラスカ丸の船長
室なんだ
その片隅の八日巻の時計の下の
折釘に墨西哥かケンタッキーの山
奥あたりにしかないようなスバ
らしく長い物凄い銀色の拳銃が
二挺十数発の実弾を頬張ったまま
並んで引っかかっているのだ
話は脱線するがこのアラスカ丸の
船長はむろん独身生活者で女も
酒も嫌いなんだ
上陸なんか滅多にしないんだ
その代りに応用化学の本家本元
の仏蘭西の大学で理学博士の学位
を取っている一種の発明狂と来
ているんだ
持っているパテントの数でも十
や二十じゃ利かないだろう
みんなこの実験室でヒネリ出した
っていうんだから豪勢なもんだろう
去年の冬だっけがそんなパテント
の権利も巨万の財産も海員擁済
会に寄附して胃癌で死んじゃった
が惜しい人間だったよ
その時分
昭和二年頃には小型な軽い無尽蔵
に強力な乾蓄電池の製作に夢中
になっていたっけ
世界中の動力を蓄電池の一点張り
にするてんで誠に結構な話だが
その実験をするたんびに船中の
電動力を吸い集めて電燈を薄暗
くしちまったりヒューズを飛ば
したりするのには降参させられた
よ
おまけに舶来の絹巻線が気に入らない
と云って自分で器械を作って絹
巻線を製作しては切り棄て作って
は切り棄てる事二万哩
その仕事に行き詰まると今のピストル
を二挺持って上甲板に駈け上る
主檣に群がる軍艦鳥を両手でパンパン
と狙い撃にしてアハハハハ
と高笑いしながら落ちて来るの
を見向きもしないでスタスタと
実験室に引返すという変りよう
だからトテモ吾々凡俗には寄付けない
恐ろしく小面倒な動力の計算書
なんかを一週間がかりで書き上げて
甲板に持って行くとアリガトウ
と云って見る片端から一枚一枚
海の風に飛ばしてしまう
ナアニタッタ一目でみんな頭に
入れちゃうんだ
ズット後になって船体検査なん
かが来ると自分で機械の側へ立
って何百という数字を暗記でペラペラ
並べるんだから計算した本人が
舌を捲いちまう
そうかと思うと独逸の潜航艇や
エムデンの出現時間と場所をギ
ッシリ書き入れた海図を睨んで
モウわかった
彼奴等の根拠地と通信網と速力
がわかった
と云うとその海図をクシャクシャ
にして海へ飛ばす
それから毛唐の嫌う金曜日金曜日
に汽笛を鳴らして到る処の港々
を震駭させながら出帆する倫敦
から一気に新嘉坡まで大手を振
って帰って来る位の離れ業は平
気の平左なんだから到底吾々の
アタマでは計り知る事の出来ない
アタマだよ
そうした一種の鬼気を含んだ船長
の顔と部屋の隅でバナナを切っている
伊那少年の横顔を見比べるとまるで
北極と南洋ほど感じが違う
毬栗の丸い恰好のいい頭が若い
比丘尼みたいに青々としている
皮膚の色は近頃流行のオリーブ
って奴だろう
眼の縁と頬がホンノリして唇が
苺みたいだ
睫毛の濃い張りのある二重瞼青々
と長い三日月眉スッキリした白い
鼻筋紅い耳朶の背後から肩へ流れる
キャベツ色の襟筋が女のように
色っぽいんだ
青地に金モールの給仕服が身体
にピッタリと吸付いているが振袖
を着せたらお化粧をしなくとも
坊主頭のまんま生娘に見えるだろう
なるほど毛唐が抱いてみたがる
筈だ
と思っているトタンに白いバナナ
の皿を捧げた小僧がクルリとこ
っち向きになって頭を一つ下げ
た
俺の顔を憐れみを乞うようにソ
ッと見上げた
それから恋人に出会った少女みたいな
桃色の悩ましげな微笑を一つニッコ
リとして見せたもんだ
俺はゾッとしてしまったよ
まったく
魔物らしい妖気が小僧の背後の
暗闇から襲いかかって来たように
思ったもんだよ
俺は紅茶もバナナも良い加減にして
故郷の地獄
機関室へ帰って来た
今にもオホホホ
と笑い出しそうな人形じみた小僧
の変態的な愛嬌顔と向い合っている
よりも機関室の連中の真黒な猛
獣面と睨み合っている方がドレ
位気が楽だか知れないと思って
。
ところが機関室に帰ってみると
船員の伊那少年に対する憎しみ
が
否恐怖が予想外に酷いのに驚いた
船長が是非ともあの小僧を乗組
ませると云うんならこっちでも
量見がある
というので大変な鼻息だ
水夫連中は沖へ出次第に小僧を
餌にして鱶を釣ると云っている
そうだし機関室の連中は汽鑵に
突込んで石炭の足しにするんだ
と云ってフウフウ云っている
海員なんてものはコンナ事になる
と妙に調子付いて面白半分にドンナ
無茶でも遣りかねないから困る
がね
現に水夫の中でも兄い分の向う
疵の兼
がわざわざ鉄梯子を降りて俺に
談判を捻じ込んで来た位だ
向う疵の兼
というのは恐ろしい出歯だから
一名出歯兼
ともいう
クリクリ坊主の額が脳天から二つ
に割れて又喰付き合った創痕が
眉の間へグッと切れ込んでいるんだ
そいつが出刃包丁を啣えた女の
生首の刺青の上に俺達の太股ぐらい
ある真黒な腕を組んで俺の寝台
にドッカリと腰を卸して出ッ歯
をグッと剥き出したもんだ
チョットお邪魔アしますが親方
ア
今船長の処へ行って来たんでが
しょう
親方ア
ウン
行って来たよ
それがどうしたい
すみませんが船長があの小僧の
事を何と云ってたか聞かしてお
くんなさい
わっしゃ親方が船長に何とか云
ったらしいんで水夫連中の代表
になって船長の云い草を聞かして
もらいに来たんですが
アハハハ
それあ御苦労だが何とも云わなかった
よ
お前さん何にも船長に云わなか
ったんけエ
ウン
ちょっと云うには云ったがね
何も返事をしなかったんだ
船長は
ヘエー
何も返事をしねえ
ウン
いつもああなんだからな船長は
あの小僧を大事にしてくれとも
何とも
親方に頼まなかったんけえ
馬鹿
頼まれたって引受けるもんか
エムプレスチャイナへ面当てにした
事でもねえんだな
むろんないよ
船長はあの小僧を皆が寄って集
って怖がるのが気に入らないらし
いんだ
よしッ
わかったッ
そんで船長の了簡がわかったッ
馬鹿な
何を云うんだ
船長だって何もお前達の気持を
踏み付けてあの小僧を可愛がろう
ってえ了簡じゃないよ
今にわかるよ
インニャ
何も船長を悪く云うんじゃねえん
でがす
此船の船長と来た日にゃ海の上の
神様なんで万に一つも間違いが
あろうたあ思わねえんでがすが
癪に障るのはあの小僧でがす
手前の不吉な前科も知らねえで
ノメノメとこの船へ押しかけて
来やがったのが癪に触るんで
遠慮しやがるのが当前だのに
ねえ
親方
それあそうだ
自分の過去を考えたら遠慮する
のが常識的だがしかしそこは子供
だからなあ
何もお前達の顔を潰す気で乗った
訳じゃなかろう
顔は潰れねえでも船が潰れりゃ
おんなじ事でさあ
まあまあそう云うなよ
俺に任せとけ
折角だがお任かせ出来ねえね
この向う疵は承知しても他の奴
等が承知出来ねえ
可哀相と思うんなら早くあの小僧
を卸してやっておくんなさい
面を見ても胸糞が悪いから
アッハッハッ
恐ろしく担ぐじゃねえか
担ぐんじゃねえよ
親方
本気で云うんだ
この船がこの桟橋を離れたらあの
小僧の生命がねえ事ばっかりは
間違いねえんで
だから云うんだ
よしよし
俺が引受けた
ヘエ
どう引受けるんで
お前達の顔も潰れず船も潰れなか
ったら文句はあるめえ
つまりあの小僧の生命を俺が預
かるんだ
船長が飼っているものをお前達
が勝手にタタキ殺すってのは穏
やかじゃねえからナ
犬でも猫でも
ヘエ
そんなもんですかね
ヘエ
成る程
親方がそこまで云うんなら私等
あ手を引きましょうがしかし機関
室の兄貴達に先に手を出された
ら承知しませんよ
モトモトあの小僧は甲板組の者
ですからね
わかってるよ
それ位の事あ
ありがとうゴンス
出娑婆った口を利いて済みません
兄貴達も容赦して下せえ
と会釈をして兼は甲板へ帰った
生命知らずの兇状持ばかりを拾い
込んでいる機関部へ来てこれだけの
文句を並べ得る水夫は兼の外には
居ない
現に機関部の連中は私の寝室の
入口一パイに立塞がって二人の
談判に耳を傾けていたが
むろんデッキ野郎の癖にわざわざ
親方の私の処へ押しかけて来る
兼の利いた風な態度を憎んで今
にも飛びかかりそうな眼付をしながら
扉の蔭に犇いていたものである
が兼が兄貴達も容赦してくれ
と云って頭をグッと下げた会釈
ぶりが気に入ったらしく皆顔色
を柔らげて道を開けて通してやった
平生なら甲板から塵一本機関室
へ落し込んでも只はおかない連
中であるが
。
そんな訳で風前の燈火みたような
小僧の生命を乗せたアラスカ丸
が無事に上海を出た
sosどころか時化一つ喰わずに門司
を抜けて神戸に着いた
それから船長一流の冒険だが六
時間の航程を節約るために鳴戸
の瀬戸の渦巻を七千噸の巨体で
一気に突切って御本尊のsosboyを
慄え上がらせながら平気の平左
で横浜に着いてしまった
横浜で印度綿花と南洋材を全部
上げてしまうと今度は晩香坡行
の木綿類を吃水一パイに積込む
同時にアラスカ近海の難航海に
堪え得るだけの食料や石炭を船
が割れる程突込む訳だがその作業
は平生の通り二三日がかりで遣
るのでさえ相当忙しいのに向岸
の晩香坡から突然に大至急云々
の電報が来て二十四時間以内の
出帆という事になったのでその
忙がしさといったら話にならない
おまけに横浜市内の道路工事の
影響とかで臨時人夫が間に合わない
と来たので機関部の石炭運びなんか
は文字通りの地獄状態に陥ってしまった
ものだ
それも一口に地獄と云っただけ
じゃ局外者にはわからないだろう
普通の客船は別であるが外国通
いの気の利いた荷物船になれば
なるほど荷物をウンと詰め込まれる
人間の通れる
荷役の出来る処ならばどこでも
構わない
空隙のあらん限り押し込んでしまう
ので石炭を積む処は炭庫以外に
殆んど無いと云っていい
そこへ今度のアラスカまわりみたいな
難航路になると必要以上の石炭
を積んでおかないとドンナ海難
にぶつかってどこへ流されるかわからない
ので楕円形の船の胴体と四角い
部屋部屋が交錯して作っている
あらゆる狭い人間の通れないような
歪み曲った空隙に石炭をギッシ
リと詰め込まなければならない
その作業の危険さと骨の折れる
事といったらそれこそこの世の
生き地獄と云っても形容が足りない
だろう
この船の料理部屋の背後の空隙
なんかへ行く連中はドン底の水槽
の鉄蓋まで突き抜けた鉄骨の隙間
に一枚の板を渡して在る
左右の壁には火のような蒸気の
鉄管が一面にぬたくっているの
で通り抜けただけでも呼吸が詰
まって眼がまわる上に手でも足
でも触れたら最後大火傷だ
そこに濛々と渦巻く熱気と石炭
の粉の中に臨時に吊した二百燭
光の電球のカーボンだけが赤い糸
か何ぞのようにチラチラとしか
見えていない
そこを二三度も石炭籠を担いで
往復してから急に上甲板の冷めたい
空気に触れると眼がクラクラして
足がよろめいて鬼のような荒くれ
男が他愛なくブッ倒おれるんだ
ところがブッ倒おれたと見ると
直ぐに兄イ連が舷側に引ずり出して
頭から潮水のホースを引っかけ
て尻ペタを大きなスコップでバ
チンバチンとブン殴るんだから
息のある奴なら大抵驚いて立ち
上る
見やがれ
コン畜生
死ばるんなら手際よくクタバレ
といった調子である
残酷なようであるが限られた人数
で限られた時間に仕事をしなければ
機関長の沽券にかかわるんだから
止むを得ない
所謂近代文明って奴の裡面には
到る処にこうした恐ろしい地獄
が転がっているんだ
勿論俺自身がその中からタタキ
上げて来たんだから部下に文句
は云わさないがね
。
その俺が横浜桟橋のショボショ
ボ雨の中に突立って積込む石炭
を一々検査していると汗と炭粉
で菜葉服を真黒にした二等機関
士のチャプリン髭が喘ぎ喘ぎ駈
け降りて来てトテモ手が足りません
何とかして下さい
と云うんだ
馬鹿
そう右から左へ人が雇えるか
と一喝するとそれでもデッキの
方で誰か一人でもいいんですから
と泣きそうな顔をする
馬鹿ッ
デッキの方だって相当忙がしいん
だ
殴られるぞ
「
でも船長室のボーイが遊んでいます
あんな奴が何の役に立つんだ
「
でもみんなそう云っているんです
この際紅茶のお盆なんか持って
ブラブラしている奴はタタキ殺し
ちまえって
君から船長にそう云い給え
ドウモ
そいつが苦手なんで
よし
俺が云ってやろう
忙がしいのでイライラしていた
俺は二等運転手の話が五月蠅か
ったんだろう
そのまま一気にタラップを馳上
って船長室に飛込んだ
船長は相も変らず渋紙色の無表情
な顔をして湯気の立つ紅茶を啜
っていた
傍の鉛張りの実験台の上で問題
の伊那少年が銀のナイフでホットケーキ
を切っていた
俺は菜葉服のポケットに両手を
突込んだまま小僧の無邪気なう
いういしい横顔をジロリと見た
この小僧を借してくれませんか
伊那少年の横顔からサッと血の
気が失せた
魘えたように眼を丸くして俺と
船長の顔を見比べた
ホットケーキを切りかけた白い
指がワナワナと震えた
船長も内心愕然としたらしい
飲みさしの紅茶を静かに下に置
いた
すぐに云った
どうするんだ
石炭運びの手が足りないって云
うんです
みんなブツブツ云っているらし
いんです
済みませんが
臨時は雇えないのか
急には雇えません
二十四時間以内の積込みですから
ね
明日の間になら合うかも知れません
が
皆モウ
ヘトヘトなんで
船長の額に深い竪皺が這入った
コメカミがピクリピクリと動いた
当惑した時の緊張した表情だ
こうした場合のそうした船員の
気持がわかり過ぎる位わかって
いるんだからね
それから船長は白いハンカチで
唇のまわりを叮寧に拭いた
ソロソロと立ち上って伊那少年
を見下した
伊那少年も唇を真白にして涙ぐん
だ瞳を一パイに見開いて船長の
顔を見上げたもんだ
その時の船長の云うに云われぬ
悲痛な同時に冷え切った鋼鉄の
ような表情ばかりは今でも眼の
底にコビリ付いているがね
船長はコメカミをピクピクさせ
ながら大きく二度ばかり眼をしばた
たいた
俺の顔をジッと見て念を押すように
云った
大丈夫だろうな
俺は無言のまま無造作にうなず
いた
俺と一所に静かに二三度うなず
いた船長は伊那少年を顧みて硝子
のような眼球をギラリと光らした
決然とした低い声で云った
「
ヨシッ
行けッ
ウワアアッ
と伊那少年は悲鳴を揚げながら
船長室を飛出したが
その形容の出来ない恐怖の叫び
悲痛の響絶体絶命の声が俺は今でも
思い出すたんびにゾッとする
伊那少年は石炭運びの恐ろしさ
を知っていたのだ
否ソレ以上の恐ろしい運命が石炭
運びの仕事の中に入れ交っている
のを予感していたのだね
しかし伊那少年は逃れ得なかった
船長室の外には俺のアトから様子
を見に来た向う疵の兼が立って
いた
大手を拡げて伊那少年を抱きすく
めてしまったもんだ
ギャア
ウワアッ
助けて助けて
カンニンして下サアイ
僕はこの船を降りますから
どうぞどうぞ
助けてエ助けてエッ
アハハハ
どうもしねえだよ
仕事を手伝いせえすれあええん
だ
許して
許して下さあい
僕
僕は
お母さんが
姉さんが家に居るんですから
伊那少年は濡れたデッキに押え
付けられたまま手足をバタバタ
さして泣き叫んだ
ウハハハハ
何を吐かすんだ小僧
心配しるなって事
俺が引受けるんだ
この兼が受合うたら指一本指さ
しゃしねえかんな
云う事を聴かねえとコレだぞ
兼は横に在った露西亜製の大スコップ
を引寄せた
そうして手を合わせて拝んでいる
少年を片手で宙に吊した
小雨の中で金モール服がキリキリ
と廻転した
致します致します
何でも致します
すぐに
すぐに船から下して下さい
殺さないで下さい
知ってやがったか
ワハハハハハハハ
兼は大口を開いて笑いながら私たち
を見まわした
船長も二等運転手も多分俺の顔
も石のように剛ばっていた
あんまり兼の笑い顔が恐ろしかった
ので
額の向疵までが左右に開いて笑
ったように見えたので
。
「
サ柔順しく働らけ
誰も手前の事なんか云ってる奴
は居ねえんだからな
ハハハ
小雨の中に肩をすぼめて艙口を
降りて行く伊那少年の背後姿は
世にもイジラシイ憐れなものであった
そうして俺達はソレッキリ伊那
少年の姿を見なかったのだ
犬吠埼から金華山沖の燈台を離れる
と北海名物の霧がグングン深くなって
行く
汽笛を矢鱈に吹くので汽鑵の圧力計
がナカナカ上らない
速力も半減で能率の不経済な事
夥しい
一等運転手と船長と俺とが食堂
でウイスキー入りの紅茶を飲み
ながらコンナ話をした
今度は霧が早く来たようだね
すぐ近くに氷山がプカプカやって
いるんじゃねえかな
霧が恐ろしく濃いようだが
そういえば少し寒過ぎるようだ
コンナ時にはウイスキー紅茶に
限るて
紅茶で思い出したがアノsosの伊那
一郎は船長が降したんですか
船長は木像のように表情を剛ばら
せた
無言のまま頭を軽く左右に振った
おかしいな
横浜以来姿が見えませんぜ
ムフムフ
何も云やせん
あの時君に貸してやった切りだ
ジョジョ冗談じゃない
僕に責任なんか無いですよ
デッキの兼に渡した切り知りません
が貴方も見ていたでしょう
殺ったんじゃねえかな
兼が
と云ううちに一等運転手が自分で
サッと青い顔になった
「
まさか
本人も降りると云ってたんだから
な
無茶な事はしまいよ
しかし降りるなら降りるで挨拶
ぐらいして行きそうなもんだがね
え
ムフムフ
まだ船の中に居るかも知れん
どこかに隠れて
と船長が云って冷笑した
例の通り渋紙の片隅へ皺を寄せ
て
硝子球をギョロリと光らして
。
俺は何かしらゾッとした
そのまま紅茶をグッと飲んで立
上った
こうした俺たちの会話はどこから
洩れたか判然らないが忽ち船の中へ
パッと拡がった
捜し出せ捜し出せ
見当り次第海にブチ込め
ロクな野郎じゃねえ
と騒ぎまわる連中も居たがそんな
事ではいつでも先に立つ例の向
う疵の兼がこの時に限って妙に
落付いて
居るもんけえ
飲まず食わずでコンナ船の中へ
居れるもんじゃねえちたら
逃げたんだよ
と皆を制したのでソレッキリ探
そうとする者もなかった
しかしそれでも伊那少年の行方
は妙に皆の気にかかってしまった
らしく狭い廊下やデッキの片隅
を行く船員の眼はともすると暗い
処を覗きまわって行くようであった
船を包む霧は益々深く暗くなって
来た
モウ横浜を出てから十六日目だから
大圏コースで三千哩近くは来ている
ソロソロ舵をeseに取らなければ
とか何とか船長と運転手が話し
合っているが俺はどうもそんなに
進んでいるような気がしなかった
しかもその割りに石炭の減りよう
が烈しいように思った
これは要するに俺の腹加減で永
年の経験から来た微妙な感じに
過ぎないのだがそれでも用心のために
警笛を吹く度数を半分から三分の一
に減らしてもらった
同時に一時間八浬の経済速度の
半運転をモウ一つ半分に落した
ものだから七千噸の巨体が蟻の
匍うようにしか進まなかった
オイ
どこいらだろうな
そうさなあ
どこいらかなあ
といったような会話がよく甲板
の隅々で聞こえた
むろん片手を伸ばすと指の先が
ボーッと見える位ヒドイ霧だから
話している奴の正体はわからない
汽笛を鳴らすと矢鱈にモノスゴイ
が鳴らさないと又ヤタラに淋しい
もんだなあ
アリュウシャン群島に近いだろう
な
サア
わからねえ
太陽も星もねえんだかんな
六分儀なんかまるで役に立たね
えそうだ
どこいらだろうな
「
サア
どこいらだろうな
コンナ会話が交換されているところ
へ老人の主厨が飼っている斑の
フォックステリヤが甲板に馳け
上って来ると突然に船首の方を
向いてピッタリと立停まった
クフンクフンと空中を嗅ぎ出した
同時にワンワンワンワンと火の
附くように吠え初めた
オイ
陸だ陸だッ
とアトから跟いて来た主厨の禿
頭が叫ぶ
成る程波の形が変化して眼の前に
ボーッと島の影が接近している
ウワッ
陸だッ
大変だッ
後退
ゴスタン
陸だ陸だッ
大変だ大変だ
ぶつかるぞッ
ワアワアワアワアと蜂の巣を突
いたような騒ぎの中に船は忽ち
ゴースタンして七千噸の惰力を
ヤット喰止めながら沖へ離れた
船首にグングンのしかかって来る
断崖絶壁の姿を間一髪の瀬戸際
まで見せ付けられた連中の額には
皆生汗が滲んだ
あぶねえあぶねえ
冗談じゃねえ
汽笛を鳴らさねえもんだから反響
がわからねえんだ
だから陸に近いのが知れなかったんだ
機関長の奴ヤタラにスチームを
惜しみやがるもんだからな
テキメンだ
今の島はどこだったろう
セントジョジじゃねえかな
「
手前
行ったことあんのか
ウン
飛行機を拾いに行った事がある
何だ何だセントジョジだって
ウン
間違えねえと思う
波打際の恰好に見おぼえがあるんだ
篦棒めえ
セントジョジったらアリュウシャン
群島の奥じゃねえか
ウン
船が霧ん中でアリュウシャンを
突ん抜けて白令海へ這入っちゃ
ったんだ
間抜けめえ
船長がソンナ半間な処へ船を遣
るもんけえ
駄目だよ
船長にはもうケチが附いてんだよ
sos小僧に祟られてんだ
でも小僧はモウ居ねえってんじゃねえ
か
居るともよ
船長がどこかに隠してやがるんだ
夜中に船長室を覗いたらシッカ
リ抱き合って寝てたっていうぜ
ゲエッ
ホントウけえ
「
真実だよ
まだ驚く話があるんだ
主厨の話だがねあのsos小僧って
な女だっていうぜ
おめえ川島芳子ッてえ女知らねえ
か
知らねえね
女優だろう
ウン
あんな女だっていうぜ
毛唐の船長なんかよくそんな女
をボーイに仕立てて飼ってるって
話だぜ
寝台の下の箱に入れとくんだそうだ
自分の喰物を領けてね
フウン
そういえば理窟がわかるような
気もする
女ならsosに違えねえ
だからよ
この船の船霊様アもうトックの
昔に腐っちゃってるんだ
ああ嫌だ嫌だ
俺アゾオッとしちゃった
だからよ
船員は小僧を見付次第タタキ殺して
船霊様を浄めるって云ってんだ
汽鑵へブチ込めやあ五分間で灰
も残らねえってんだ
おやじの量見が知れねえな
ナアニヨ
sosなんて迷信だって機関長に云
ってんだそうだ
俺の計算に迷信が這入ってると思う
かって機関長に喰ってかかったんだ
そうだ
機関長は何と云った
ヘエエッて引き退って来たんだ
そうだ
ダラシがねえな
みんなと一所に船を降りちまう
ぞって威かしゃあいいのに
駄目だよ
ウチの船長は会社の宝物だから
な
チットぐれえの気紛なら会社の
方で大目に見るにきまっている
船員だって船長が桟橋に立って
片手を揚げれや百や二百は集まって
来るんだ
それあそうかも知れねえ
だからよ
晩香坡に着いてっからsosの女郎
をヒョッコリ甲板に立たせてドンナ
もんだい
無事に着いたじゃねえかってん
でコチトラを初め今まで怖がって
いた毛唐連中をギャフンと喰ら
わせようって心算じゃねえかよ
フウン
タチがよくねえな
事によりけりだ
コチトラ生命がけじゃねえか
まったくだよ
船長はソンナ事が好きなんだから
な
機関長も船長にはペコペコだから
な
ウムウム
この塩梅じゃどこへ持ってかれる
かわからねえ
まったくだ
計算にケチが付かねえでもアタマ
にケチが付けあ仕事に狂いが来る
のあおんなじ事じゃねえかな
そうだともよ
スンデの事にタッタ今だってso
sだったじぇねえか
ああ
いやだいやだ
ペッペッ
コンナ会話を主檣の蔭で聞いた
俺は何ともいえない腐った気持
になって霧の中を機関室へ降りて
行った
これが迷信というものだかどう
だか知らないが自分の頭の中まで
濃霧に鎖されたような気になって
。
それから三日ばかりした真夜中
から波濤の音が急に違って来た
ので眼が醒めた
アラスカ沿岸を洗う暖流に乗り
込んだのだ
と思ったのでホッとして万年寝床
の中に起上った
同時に船橋から電話が来てすぐに
半運転を全運転に切りかえる
霧笛をやめる
探照燈を消す
機関室は生き上ったように陽気
になった
一等運転手の声が電話口に響いた
石炭はドウダイ
桑港まで請け合うよ
霧は晴れたんかい
まだだよ
海路は見通しだが空一面に残ってる
もんだから天測が出来ねえ
位置も方角もわからねえんだな
わからねえがモウ大丈夫だよ
サッキ女帝星座がちょうどそこ
いらと思う近処へウッスリ見え
たからな
すぐに曇ったようだがモウこっち
のもんだよ
アハハハ
sosはどうしたい
どっかへフッ飛んじゃったい
船長は晩香坡から鮭と蟹を積ん
で桑港から布哇へ廻わって帰るんだ
ってニコニコしてるぜ
安心したア
お休みい
布哇でクリスマスだよオオだ
勝手にしやがれエエ
エ
だ
アハアハアハアハアハ
ところがこうした愉快な会話が
霧が晴れると同時にグングン裏
切られて行ったから不思議であった
夜が明けて霧が晴れてから久し
振りに輝き出した太陽の下を見る
と船はたしかに計算より遅れている
しかも航路をズッと北に取り過ぎ
て晩香坡とは全然方角違いのアドミラル
チー湾に深入りして雪を被った
聖エリアスの岩山とフェアウェザー
山の中間にガッチリと船首を固定
さしているのには呆れ返った
船長と運転手の計算も又は俺の
腹加減までもがガラリと外れて
しまっていたのだ
そればかりではない
船に乗ってアラスカ近海へ廻わ
った経験のある人間でなければ
あの近海の波の大きさと恐ろしさ
はチョット見当が付きかねるだろう
こんな処でイクラ法螺を吹いても
あの波濤のスバラシサばっかり
は説明が出来ないと思うが何もかも
無い
これが波かと思う紺青色の大山
脈が海抜五千米突の聖エリアス
山脈を打ち越す勢いで青い青い
澄み切った空の下を涯てしもなく
重なり合いながら押し寄せて来る
アラスカ丸は七千噸だから荷物
船では第一級の大型だったがた
とい七千噸が七万噸でもあの波
に引っかかったら木っ葉も同然
だ
一つの波の絶頂に乗上げると岩
と氷河で固めた恐ろしい恰好の
聖エリアスが直ぐ鼻の先に浮き
上る
文句なしに手が届きそうに見える
これは空気が徹底的に乾燥している
からそんなに近くに見えるんだ
が水蒸気の多い日本から行くと
特別にソンナ感じがするんだ
望遠鏡で覗いてもチットも霞ん
で見えない
山腹を這う蟻まで見えやしまいか
と思うくらいハッキリと岩の角
々が太陽に輝いている
と思う間にその大山脈の絶頂から
真逆落しに七千噸の巨体が黒煙
を棚引かせて辷り落ちる
スキーの感じとソックリだね
高い高い波の横っ腹に引き残して
来る推進器の泡をジイッと振り返
っていると七千噸の船体が千噸
ぐらいにしか感じられなくなって
来る
と思ううちにやがて谷底へ落ち
付いた一刹那次の波の横っ腹に
艦首を突込んでドンイイインと
七噸から十噸ぐらいの波に艦首の
甲板をタタキ付けられる
グーンと沈んで甲板をザアザアザ
アと洗われながら次の大山脈の
ドテッ腹へ潜り込む
何しろ船脚がギッシリと重いの
だから一度大きな波にたたかれる
と容易に浮き上らない
船室という船室の窓が青い水族館
みたいな波の底の光線に鎖され
たまま堅板や内竜骨が水圧でも
って
キイッ
キイッ
キシキシキシキシと鳴るのを聞
いているとそれだけの水圧を勘定
に入れた材料強弱の公式一点張り
で出来上っている船体だとわかり
切っていても決していい心持ち
はしない
そのうちにヤット波の絶頂まで
登り詰めてホットしたと思う束
の間に又もスクリュウを一シキリ
空転さして潮煙を捲立てながら
文字通り千仭の谷底へ真逆落し
だ
これを一日のうちに何千回か何
万回か繰返すと機関室の寝床に
ジッと寝転んでいてもヘトヘト
に疲れて来る
オイオイ
機関長か
船長室から電話がかかる
僕です
何か用ですか
ウン
もっとスピードが出せまいか
出せますが何故ですか
船がチットも進まんチウて一等
運転手が訴えて来おるんだ
今十六節出ているんですがね
義勇艦隊のスピードですぜ
馬鹿
出せと云ったら出せ
ドレ位ですか
十八ばっか出しちくれい
最大限ですね
ウン
石炭は在るかな
まだ在ります
全速力で四五日分
「
ヨシ
ガチャリと電話が切れたと思う
とやがて船腹を震撼する波濤の
轟音が急に高まって来た
タッタ二節の違いでも波が倍以上
大きくなったような気がする
又実際船体のコタエ方は倍以上
違って来るので石炭の消費量でも
チットやソットの違いじゃない
そのうちに高緯度の癖でいつと
なく日ばボンヤリと暮れて地獄
座のフットライト見たいなオーロラ
がダラダラと船尾にブラ下った
その下の波の大山脈の重なりを
夜通しがかりで白泡を噛みながら
昇ったり降ったりシーソーを繰り
返して翌る朝の薄明りになって
みると不思議な事に船体は昨日の
朝の通り聖エリアスとフェアウェザー
の中間に船首を固定さしている
昨日から固定していたんだか夜の
間に逆戻りしたんだかわからない
どうしたんだ
シッカリしろ
とか何とか運転手と文句を云い
合っているうちに昨日の朝の通り
の白い太陽がギラギラと出て来た
空気が乾燥しているから岸の形
がハッキリしている
山腹を這う蟻の影法師まで見え
そうである
流石に沈着な船長もコレには少々
驚いたらしい
船橋に上って珍らしそうに白い
太陽を凝視している
その横に一等運転手がカラも附
けないまま寒そうに震えている
逆戻りしたんだな
イヤ
波に押し戻されているんです
十八節の速力がこの波じゃチット
モ利かないんです
そんな馬鹿な事が
いや実際なんです
去年の波とはタチが違うらしいん
です
おんなじ波じゃないか
イヤ
たしかに違います
一等運転手と船長がコンナ下らない
議論をしているところへ俺は危険
を冒して梯子を這い登って行った
船長は真向いの聖エリアスの岩山
に負けない位のゴツゴツした表情
で云った
モウ
スピードは出ないな
機関長
出ませんな
安全弁が夜通しブウブウいって
いたんですから
「
弱ったな
この船長がコンナ弱音を吐いた
のを俺はこの時に初めて聞いた
「
妙ですねえ
今度ばかりは
変テコな事ばかりお眼にかかる
じゃないですか
あの小僧を乗せたせいじゃない
かな
チョットでも
と一等運転手がヨロケながら独
言のように云った
蒼白い剛わばった顔をして
俺は強く咳払いをした
エヘン
そうかも知れねえ
しかし最早船には居ねえ筈だから
な
船長は何も云わなかった
苦い苦い顔をしたまま十八倍の
双眼鏡を聖エリアスに向けた
三人はそのまま気拙い思いをして
別れたがそれから第三日目の朝
になっても依然としてフェアウェザー
とセントエリアスが真正面に見え
た時には流石の俺もジイイーン
と痺れ上るような不思議を脳髄
の中心に感じた
同時に何ともいえない神秘的な
気持になって胸がドキドキした
事を告白する
自分の魂が船体と一所にどうにも
ならない不可思議な力にガッシ
リと掴まれているような気がした
からだ
石のように固ばった俺と一等運転手
と船長の顔がモウ一度船長室で
ブツカリ合った
ここいらを北上する暖流の速力
が変ったっていう報告はまだ聞き
ませんよ
運転手が裁判の被告みたような
口調で船長に云った
船長が他所事のようにネービー
カットの煙を吹いた
ムフムフ
変ったにしたところが一時間十八
節の船を押し流すような海流が
地球表面上に発生し得る理由はない
てや
と飽くまでも科学者らしく嘯いた
俺もエンチャントレスに火を付け
ながら首肯いた
とにかく俺のせいじゃないよ
石炭はたしかに減っているんだから
な
一等運転手も眼を白くしてコック
リと首肯いた
同時に一層青白くなりながら白い
唇を動かした
「
何か
あの小僧の持物でも
船に
残っているんじゃ
ないでしょうか
船長は片目をつむって唇を歪めて
冷笑した
しかし一等運転手は真顔になって
真剣に腰を屈めながら船長室内
のそこここを覗きまわり初めた
おしまいには船長と俺が腰をかけ
ている寝台までも抱え上げて覗
いたが寝台の下には独逸や仏蘭西
の科学雑誌が一パイに詰まっている
キリであった
ボーイのスリッパさえ発見出来
なかった
とうとう船全体が動かす事の出来ない
迷信に囚われてスッカリ震え上
がらせられてしまった
乗組員の眼付は皆オドオドと震
えていた
船が動かない
sos小僧の祟りだ
。
晴れ渡った青い青い空澄み渡った
太陽
静かな切れるような冷めたい風の
中で碧玉のような大濤に揺られ
ながらの海難
。
行けども行けども涯てしのない
海難
sosの無電を打つ理由もない海難
理由のわからない
前代未聞の海難
。
サアサア
みんな文句云うところアねえ在り
ったけの石炭を悉皆汽鑵にブチ
込むんだ
それで足りなけあ船底の木綿の
巻荷をブチ込むんだ
それでも足りなけあ俺から先に
汽鑵の中へ匍い込むんだ
ハハハ
サアサア
みんな石炭運びだ石炭運びだ
事実石炭は最早残りがイクラも
無かったのだ
横浜で積込んだ時の苦労を逆に
繰返して飛んでもない遠方から
掘り出すようにしいしい機関室
へ拾い集めるのであったがその
作業を初めると間もなく残炭を
下検分に廻わった二等機関士の
チャプリン髭が俺の部屋へ転がり
込んで来た
「
タ
大変です
sosの死骸が見つかりました
ナニ
sos
伊那の死骸がか
エエ
そうなんです
ああ驚いた
ちょっとその水を一パイ
ああたまらねえ
サア飲め
意気地無し
どこに在ったんだ
ああ驚いちゃった
料理部屋の背面なんです
あすこの石炭の山の上にエムプレス
チャイナの青い金モール服を着
たまんま半腐りの骸骨になって
寝ていたんです
イガ栗頭の恰好があいつに違い
ないんですが
骸骨
?
ええ
あそこは鉄管がゴチャゴチャして
いてステキに暑いもんですから
腐りが早かったんでしょう
白い歯を一パイに剥き出してね
蛆一匹居なかったんですが
随分臭かったんですよ
俺は黙って鉄梯子を昇って中甲板
の水夫部屋に来た
入口に掴まって仁王立ちになった
まま大声で怒鳴った
おおい
兼公居るかア
出歯の兼公
生首の兼公は居ねえかア
おおおオ
と隅ッコの暗い寝台棚から寝ぼけ
たらしい声がした
誰だあ
おれだあ
おお
地獄の親方さんか
これあどうも
済まねえが一寸顔を貸してくれい
ウワアア
とうとう見付かったかね
シッ
と眼顔で制しながら兼公を水夫
食堂へ誘い込んだ
天井の綱にブラ下りながら兼に
金口煙草を一本呉れた
兼はしきりに頭を掻いた
どうも横浜じゃ警察が怖わーが
したからね
つい秘密にしちゃったんで
石炭運びの途中で殺ったんか
図星なんで
ヘエ
もっとも最初から殺る気じゃなか
ったんでみんながあの小僧は女
だ女だって云いましたからね
仕事にかからせる前にチョット
調べて見る気であすこに引っぱり
込んだんで
ヘエ
馬鹿野郎
そんで女だったのか
それがわからねえんで
あすこへ捻じ伏せて洋服を引ん
めくりにかかったら恐ろしく暴れ
やがってね
当前だあ
それからどうした
イキナリ飛び付きやがってここん
処をコレ
コンナに喰い切りやがったんで
兼は菜葉服とメリヤスの襯衣を
まくって左腕の力瘤の上の繃帯
を出して見せた
まだ腫れてんで
ズキズキしてるんですがね
恐ろしいもんですね
間抜けめえ
そん時に手前裸体だったのか
エヘヘヘヘヘ
変な笑い方をしるねえ
それからどうした
わっしゃカーッとなっちゃって
ね
コイツ奴降りるといったって他の
船へ乗れあ又災難をしやがるん
だからここで片付けた方が早道
だ
男だか女だか殺してから検査た
方が早道だと思っちゃったところ
へ血だらけの口をしたsosの野郎
が私の横ッ面へ喰い切った肉を
パッと吹っかけて悪魔
とか何とか悪態を吐きやがったん
で
手前の悪魔は棚へ上げやがって
ね
おまけに後で船長に告訴けてやる
から
とか何とか吐かしやがったんで
イヨイヨ助けておけないと思って
首ッ玉をギューッと
まったくなんで
ヘエ
非道い事をするなあ
そんで女だったかい
「
それがその
野郎なんで
プッ
馬鹿だなあ
それからどうしたい
それっきりでさ
ウンザリしちゃって放ったらか
して来ちゃったんです
何故海に投り込まねえ
それが誰にも見つからねえように
放り込みたかったんで
親方や機関室の兄貴達にも申し訳
ねえしおまけに上海であっしが
談判に行った時に船長が入歯を
ガチガチさしてこんな事を云ったん
です
あの小僧をタタキ殺すのに文句
はないが
チョット待ってくれ
たたき殺すのに文句はないって
云ったんだね
そうなんで
しかし死骸は勿論髪の毛一本でも
外へ持ち出したら只はおかない
ぞッ
てね
そう云って船長に白眼み付けられた
時にゃあっしゃゾッとしました
ぜ
あんな気味の悪い面ア初めてお
眼にかかったんで
ヘエ
まったくなんで
フーム
妙な事を云ったもんだな
そう云ったんで
何だかわからねえけども
万一見付かって首になっちゃ詰
まらねえ
事によるとあの二挺のパチンコ
で穴を明けられちゃ叶わねえと思
ってそのまんまにしといたんです
まったくなんです
案外意気地がねえんだな
手前は
まったくなんで
それからっていうものあの死骸
の事が気になって気になって今日は
運び出そうか明日は片付けよう
かと思ううちにだんだん船にケチ
が附いて来るでしょう
死骸は腐って手が付けられなく
なって来るしわっしゃもう少し
で病気になるところだったんで
もう懲り懲りしました
どうぞ勘弁しておくんなさい
あやまっても追付くめえけんど
ハハハ
そんな事アもうどうでもいいん
だ
今日は文句はねえ
手前行って大ビラであの死骸を
片付けて来い
船長には俺が行って話を付けて
やる
ヘエッ
本当ですかい親方ア
同じ事を二度たあ云わねえ
「
ありが
ありがとう御座んす
すぐに片付けます
ああサッパリした
馬鹿野郎
片付けてからサッパリしろ
兼はsosの金モールの骸骨を胴中
から真二つにスコップでたたき
截って大きなバケツ二杯に詰めて
出て来た
甲板に出て生命綱に掴まり掴まり
二つのバケツを海の上へ投げ出した
がその骨の一片が波にぶつかって
又兼の足元へ跳ね返って来た時
兼は真青になってその骨を引掴
むと危くツンノメリながら
南無阿弥陀仏ッ
と遠くへ投げた
それは兼の一生懸命の震え上った
念仏らしかったがとてもその恰
好が滑稽だったので見ていた俺は
たった一人で腹を抱えさせられた
アラスカ丸はそれから何の故障
もなくスラスラと晩香坡へ着いた
同じ波の上を同じスピードで
馬鹿馬鹿しい話だがまったくなんだ
ところで話はこれからなんだ
船長の横顔は見れば見るほど人間
らしい感じがなくなって来るんだ
骸骨を渋紙で貼り固めてワニス
で塗り上げたような黒光りする
凸額の奥に硝子玉じみたギラギラ
する眼球が二個コビリ付いている
それがマドロス煙管を横一文字
にギューと啣えたまま船橋の欄干
に両肱を凭たせて青い青い空の下
を凝視しているんだ
その乾涸びた固定した視線の一直線
上に雪で真白になった晩香坡の
桟橋がある
その向う一面に美しい燈火がズ
ラリと並んでいようという
ところまでやっと漕ぎ付けたんだ
がね
文字通りに
。
その桟橋の上に群がっている人間
は五日ほど遅れて着いたアラスカ
丸をどうしたのかと気づかって
待ちかねていた連中なんだ
sosの野郎
骸骨になってまで祟りやがったんだ
ナ
船長が突然に振返って俺の顔を
見た
白い義歯を一ぱいに剥き出して
物凄く哄笑したもんだ
アハハハハ
イヤ
面白い実験だったね
やっぱり理外の理って奴はある
もんかなあ
タハハハ
ガハハハハハ
乗ったら最後どんな船でも沈める、その名はSOS BOY! 船内での恐ろしい体験をBGM無しで読ませて頂きました。
おやすみ前、作業のお供にどうぞ……
……字幕(日本語)を付けております。必要に応じご活用ください。
◆作品:難船小僧(青空文庫)
◆概要:
彼が乗船するとその船には必ず災いが降りかかる、そんな噂を持つ美少年がいた。
巷で彼はSOS‐BOYと呼ばれ、外国を含め多くの船員の中で有名人だった。
機関長の俺はひょんなことから船長が彼をこっそり乗船させていることに気が付いた。
噂はあっという間に乗組員の間に広がり、船内は不穏な空気に包まれていた。
上海を出てバンクーバーまでの航海の間、俺たちは果たしてどんな海難に巻き込まれるのか?
◆著者:夢野久作 (1889年1月4日 – 1936年3月11日)
日本の小説家、禅僧。
慶應義塾大学で歴史を専攻し、在学中に陸軍少尉を拝命する。
大学中退後に出家し奈良や京都で修行するが、2年ほどで俗に帰り農園を営む。
これ以降、文筆業にも進出し、エッセイ、詩、短歌、童話、そして怪奇小説などを多く遺す。
執筆に10年を費やした『ドグラ・マグラ』は、日本三大奇書の一つ。
そのドグラ・マグラ刊行の一年後、脳溢血でその生涯を終える。
◆一部現代において不適切と思われる表現がありますが、原文を尊重しそのまま読ましていただいております。
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A mysterious reading that makes you sleepy.
Novel : S.O.S BOY.
Author: Kyusaku Yumeno (4 January 1889 – 11 March 1936)
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